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今あるデータを活用する:下水解析で意思決定を支える感染症予測システム構築

八千代エンジニヤリング株式会社

今あるデータを活用する:下水解析で意思決定を支える感染症予測システム構築
今あるデータを活用する:下水解析で意思決定を支える感染症予測システム構築

写真左から【株式会社grasys】渡邉貴也氏(BizDev div. Tech sec. Chief) 【八千代エンジニヤリング株式会社】保希未子氏(事業開発本部 事業開発推進部 兼 事業統括本部 海外事業部 シニアコンサルタント)

「データが少なくても予測システムを作りたい」「アイデア段階からデータ活用の専門家に伴走してもらいたい」――八千代エンジニヤリングが抱えるこうした課題に、grasysは共創型のアプローチで応えた。アイデア段階からの伴走は、社会課題解決のためのITシステムにどう生かされたのか。

 経験や勘に依存した意思決定に限界を感じて、データドリブンな意思決定へとかじを切る組織が増えている。とはいえ、現場起点の多様なデータをどう集め、どのような粒度で統合し、どのKPIに結び付けるのか――施策に落とし込む段階でつまずくケースも多い。

 ODA(政府開発援助)の一環としてインドネシアの支援を手掛ける八千代エンジニヤリングの保希未子氏も、「インドネシア行政の意思決定の多くは経験に基づくものであり、エビデンスに基づいた政策立案を推進していかなければならない」という思いを抱いていた。

 2019~2020年ごろのインドネシアは、経済格差の拡大、経験に頼った政策立案、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の対応という課題に直面していた。そこで八千代エンジニヤリングがインドネシア政府に提案したのが、下水疫学を活用したデータ基盤の構築だ。下水に含まれる膨大な情報を集約し、「どの地域でどのような病気が流行しているか」「栄養バランスに偏りがないか」「危険薬物の使用状況」などを把握できるようにする。このプロジェクトは「インドネシアの下水インフラをデータ活用の基盤として再定義する」という壮大な構想から始まった。

 この構想を技術面から支えるパートナーとして八千代エンジニヤリングが選んだのが、クラウドインフラやデータ活用支援を得意とするgrasysだ。


左からgrasysの渡邉貴也氏、八千代エンジニヤリングの保希未子氏。
Google Cloud Next Tokyo 25(開催:2025年8月)の講演にて。


少ないデータでも予測を可能にするシステム構築

 このプロジェクトは「限られたデータで予測システムを構築する」という技術的なチャレンジを必要とした。データの収集方法は、現地スタッフが4カ所の採水ポイントで下水を週2回採取してPCR検査にかけるというもの。予測モデルの構築に必要とされるデータ量を大きく下回っていた。

 grasysの渡邉貴也氏は「実証実験の間は、採水エリアや頻度を容易に増やせません。人件費など運用コストの問題が大きく、拡張には高いハードルがありました」と振り返る。

しかし、八千代エンジニヤリングから「それでも予測の土台を作りたい」という熱い要望があり、制約がある中での挑戦が始まった。


八千代エンジニヤ
リング株式会社
保希未子 氏

「限られたデータの中で何ができるかを模索していました。特に予測システム構築の期待は大きく、grasysさんにその可能性を探ってもらいました。通常のアプローチと異なることは理解していましたが、チャレンジする価値があると判断しました」(保氏)

 期待を一身に受けたgrasysは、ニューラルネットワークの一種を採用して予測システムを自前で構築した。限られたデータから精度と現実性のバランスを取った予測モデルを設計することを得意とする同社が、「どのモデルを使うか」「どのような設定をモデルに適用するか」「どの期間のデータを使うか」という3つの要素を最適化し、予測の誤差を許容範囲内に収めることに成功した。


予測モデル構築のポイントとなる3要素


 この予測モデルについて保氏は次のように評価する。

 「予測システムから算出された結果は、私の肌感覚としてもかなり正確でした。分析を通じて明らかになったのは、地域特性によって感染拡大のパターンが大きく異なることです。観光地と住宅地では感染者の増減傾向が全く異なり、予測モデルが地域の差異を的確に捉えています。特に注目すべきは特定の時期に感染者数が増えると予測している点です」


限られたデータから、誤差の少ない予測システムを構築

 こうした精度の高い予測モデルがあれば、政府はワクチンや薬の供給体制を前倒しで準備できるなど、行政執行に大きな価値を生むと期待される。


アイデア段階からの伴走が生み出した価値

 grasysがこのプロジェクトに参画した当時、八千代エンジニヤリングは「アイデア出し」の段階にあった。決まっていたのは「下水に含まれたデータを公衆衛生に活用したい」「日本国内ではなく海外展開を先行して実施する」といった点だけで、取得できるデータや運用ルール、ビジネスモデルが決まっていない状況だった。

 「grasysさんはシステム開発やデータ分析の視点から壁打ち役として議論に加わってくれました。例えば、『ウイルス濃度と感染者数を分析したい』という構想はあったものの、必要なデータが分からず、気候や人流など外的要因の影響までは考えていませんでした。grasysさんが『気温や降水量が濃度に影響するならそのデータも取ってはどうか』『観光地なら観光客数も分析軸に加えましょう』といった提案をしてくれました。技術的な視点で議論できたことで、自分たちだけでは気付けなかった課題に向き合えました」(保氏)


アイデア出しのフェーズから相談できるのがgrasysの強み


 予測システムを開発する段階に入ると、現場のオペレーションに合わせた柔軟な対応が求められた。当初、現場ではデータ管理が「Microsoft Excel」や紙でバラバラに行われており、PCR検査機器もメーカーによって出力形式に差があるという課題があった。

 「PCR検査機器の標準フォーマットであるRDML形式への統一も模索したのですが、機器のトラブルが発生し断念しました。最終的にCSV形式で統一し、メーカーによる形式の違いをシステム側で吸収できるように工夫しました。この調整は、検査を担うBRIN(インドネシア国立研究革新庁)と八千代エンジニアのスタッフが密に連携して、我々とも検討を重ねました」(渡邉氏)


株式会社grasys
渡邉貴也 氏

 grasysが特に力を入れたのが、PCR検査の仕組みを理解した上でのUI(ユーザーインタフェース)設計だった。PCR検査は複雑なプロセスであり、外れ値が単なるノイズなのか実験上必要な値なのかを判断するには研究者の経験が不可欠だ。grasysはこのプロセスを予測システムで再現し、研究者がインタラクティブに調整できるUIを構築した。

 「予測システムの実装では、仕様の擦り合わせにかなり時間を使いました。どこまでの処理を自動化するのか、人の判断として残すのか、どこまで変更を許容するのかなどを議論しました。それにはPCR検査の仕組みや研究の意図を理解することが欠かせず、私たちにとっても大きな挑戦でした」(渡邉氏)


共創成功を支えた3つの要素

 予測システムは「Google Cloud」を使って構築されている。Google Cloudの採用を決めた後、複数社から支援の提案を受けたと明かす保氏。その中でもgrasysを選んだ理由は明確だった。

 「前提条件から丁寧に話を聞いてくれたのがgrasysさんでした。まだ構想段階の状態から、システムとしてどう成り立たせるかという観点で議論してくださったのが非常に心強かったです」(保氏)

 このプロジェクトを通じて、保氏は共創において「共有」「信頼」「決断」の3つの要素が重要だったと振り返る。現地の状況をつぶさに共有し、専門家を信頼して技術的な視点を取り入れ、最終的な責任は自分たちが持つという姿勢を貫くことだった。

 「私たちは現地のオペレーションやステークホルダーを巻き込んでの推進力には自信がありましたが、システム開発の知見は限られています。だからこそgrasysさんのような専門家をパートナーとして迎え、技術的な視点から多くの示唆を得ることで構想を具体化できました。ただし、パートナーに全てを委ねるのではなく、自分たちが最終的な責任を持って判断することが重要だと考えています」(保氏)

 渡邉氏にとっても、このプロジェクトへの参画を通して得られた気付きは大きかったようだ。

 「ミーティングのたびに方向性が変わったり機能が追加されたりすることもありました。しかし、だからこそやりがいがあり、価値が生まれたと感じています。今回、限られたデータで予測に挑戦するのは大きなチャレンジでした。それでも、幾つかの変数やデータから分析し「正しい予測」だと精度をご評価していただき、限られたデータでもビジネスに活用できる可能性が見えたのは大きな学びでした」



Google Cloud Next Tokyo 25の出展ブースで説明するgrasysのスタッフ


他業界へ広がる応用可能性

 このプロジェクトは地域ごとのウイルス濃度の可視化に成功し、その政策的価値が高く評価されてインドネシア内務省のポリシーブリーフ(政策提言資料)にも掲載された。これにより全国の自治体でデータに基づく感染症対策の導入が促進されることになった。

 今後の展望について保氏は次のように語る。

 「このプロジェクトの目標は、EBPM(Evidence-based Policy Making:エビデンスに基づく政策立案)の定着です。COVID-19にとどまらず、インフルエンザウイルスやその他の感染症、禁止薬物の痕跡など、目に見えないものを可視化できるプラットフォームへと進化させたいと考えています。政策とデータの距離を縮めることで、社会課題の解決に貢献していきたいです」

 今回構築された予測システムの技術は、他の業界への応用も期待される。渡邉氏は「故障率の予測や在庫最適化など、さまざまな領域に応用できると考えています」と説明する。

 今回のプロジェクトではGoogle Cloudを採用したが、grasysは「Amazon Web Services」(AWS)や「Microsoft Azure」でのシステム開発も対応可能だ。顧客の既存環境や要件に合わせてプラットフォームを選択できる体制が整っている。

 「私たちはこれからも、技術の力でお客さまのビジョンを実現する伴走者でありたいと思います。アイデアをブラッシュアップしたい方、プロトタイプを通じて実現性を探りたい方は、ぜひ私たちにお声がけください」(渡邉氏)

 八千代エンジニヤリングとgrasysの事例は、大きな制約があっても強固なパートナーシップを発揮することで社会課題を解決するシステムを構築できることを示している。初期段階からの伴走、未整備データの活用支援、そして適切な予測モデルの設計――これらの専門性を武器に、grasysは顧客のビジョン実現を技術面から支えていく構えだ。


転載元:ITMedia エンタープライズ:「データ活用プロジェクト成功の勘所 開発途上国の感染予測システム構築に学ぶ」

     

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